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報恩講を行いました

2018.01.19更新

 1月15日(月)、本日の礼拝の時間に「報恩講」を行い、足利先生のお話を聞きました。「報恩講」は正式には「宗祖親鸞聖人報恩講」と言います。親鸞聖人は1263年1月16日、今から755年前に90歳の生涯を終えられました。この報恩講は親鸞聖人のご苦労を偲び感謝させていただく行事です。1年中様々な行事がありますが、一番大切にされている行事です。もし親鸞聖人が生まれてこられなかったら、この学園もありませんでしたね、こうしてお互い出会うことができたのも親鸞聖人のご縁です。考えてみれば、人生は様々な出会いの連続です。人生は出会いそのものともいえます。出会いが今の私を作ってくれているのです。生まれて、親・兄弟・友・先生・伴侶・子・孫と多くの出会いがあるでしょう。しかし出会いというのは自ら求めて出会ったものはありません。ご縁や因縁が幾重にも折り重なって出会いがあります。ご縁が整わなければ、出会いはありません。「袖振り合うも多生の縁」という言葉があります。この言葉を誤解して、多生の漢字を多少と思っている人も多いです。みなさんは出会い全てを尊いものと考えていますか。良い出会いばかりではなく、悪い出会いもあると考えていませんか。人の考えはその時の感情や、思い、自分の都合で左右されます。自分の都合に会う人はいい人、都合に合わない人は悪い人。しかし都合とはその時その時で変わるものです、些細な出来事でも基準が変化します。出会いは別れを生み出します。別れも様々な因縁で起こります。出会った限り、別れなければいけません。出会ったものが愛しければ愛しいほど、別れは深い悲しみを生み出します。3年生にとってももうすぐ卒業式が迫っていますね、かけがえのない時間を過ごしてきた人にとっては、悲しみも大きいですね。最大の別れは死です。人生の全てと別れなければいけません。財産・地位・名誉・家族・この身も置いて行かなければなりません。死の縁はいつ来るか定まってはいませんが、必ず訪れます。死んだら終わりと割り切って納得できるでしょうか。むなしさを感じないでしょうか。親鸞聖人はこの死についても説かれてきました。善人悪人男女すべての命を抱きとり、浄土に連れて行って下さる仏様がおられれる。よくお墓には南無阿弥陀仏と書かれていますが、他にも俱会一所と書かれているのを知っていますか。俱会一所とは、共にまた一つ所で出会わせていただくという意で、それは浄土です。自分の都合ではなく、そういうものを越えて出会わせていただく極楽浄土です。みなさんもご縁を大切にしましょうね。

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